「embrace」はBUMP OF CHICKENのアルバム「ユグドラシル」の収録曲、ファンの中でもかなり人気のある曲だね。
歌詞をざっと読むと捉え方によっては奇妙、読む人が読むと少し気持ち悪いと感じてしまうくらいの距離感の近い内容の曲だと思うぜ。
曲調はスローテンポの中にも耳に残るイントロのフレーズや後半にいくほど温かみのあるバッキングに力強くなっていくメロディが特徴的な楽曲です。
タイトルは「embrace」、抱擁・抱きしめる・受け入れる、といった意味を持つ単語です。
この曲でバンプは何を伝えたかったのでしょうか、歌詞を見ていきたいと思います。
この部屋に他には誰も入れない
隠れてないで 出てこいよ この部屋は大丈夫 鼓動の音は ふたつ ふたつ以上も 以下もない
ひとつの空間に心臓がふたつ、つまり僕と君、他には誰もいません。
逃げ道の途中 飛び込んだ この部屋の中で 君は僕に見つかった 首輪のない姿で
君は何かから逃げています。
首輪のない姿でというのは、しがらみや逃げていることも全て曝け出している、という表現のひとつなのでしょうか。
喋らなくても居て欲しい
震えてるのはきっと 寒さのせいだけじゃないな どんな台詞もきっと 役に立たないな
何かに怯えて駆け込んできた君。
その状態には言葉をかける術もないようです。
腕の中へおいで 抱えた孤独の その輪郭を 撫でてやるよ 明かりの無い部屋で 言葉もくたびれて 確かなものは 温もりだけ
何かに怯える君の首輪のない姿をそのままの形で受け入れてやるよ。
言葉や見た目ではわからない、「触れる」ということで温もりが確かに伝わります。
ここで温もりというワードが出てきます。
藤原さんはこの曲を作っている時、楽曲作りに体が疲れ切っており、「視力」が低下して今まで見えていた世界が見えにくくなっていたそうです。
「視覚」というのは人間が情報を取り入れるために脳が一番重視している感覚とも言われていますよね。
そんな中で藤原さんが感じたのは「温度」が一番確かで嘘をつかない情報だと語っています。
見えたり、聞こえたりすることよりも確かなものは「温もり」だけ、歌詞ではそう綴っています、これはどういうことなのでしょうか?
居るのに居ない
君がそこに居ないと気付いたら とにかく探すだろう 「そこに居る」のに「居ない」と気付く時もあるだろう
「そこに居る」のに「居ない」
日々生きている中で人と話をしたりしても、返事や話の流れにその人の気持ちや感情が乗っていないと感じることはないでしょうか?
「話をしている」けど「会話はしていない」、そこには何も通ってなく、孤独を感じることも確かにあります。
もしくは相手の言っていることが理解できないという時も自分からすると「そこに居るのに居ない」ということになるでしょう。
この眼が視力を失くしても 僕は君を見るだろう 体中の細胞 フル動員で 君を見るだろう 呼吸の音がする 柔らかい匂いもある 全てこの手のひらに 集めて閉じ込めるよ
藤原さんは過去に、全ての物事には信用がいると思う、電車に乗るのにも切符を買ったから、この電車に乗る、そういう信用が必要と考える。
記憶は定かではないですがこういったことを話されていました。
人と繋がること、自分がここに居て良い理由、ただ隣にいるためにも理由がいると藤原さんは考えている、そうやって信用して生きていくしか確証が得られない。
温もり以外は
「触れる」ということはそう簡単に他人に行える行為ではないね。
しかし、手を繋いだり、撫でたり、抱きしめたりすることで他の感覚とは違う伝わるものがあり、文字や言葉では表せないものですが、その人から相手を受け入れる感覚が確かに伝わってきます。
温度という観点からすると皆さんもライブに行ったりするとアーティストやお客さんの熱量で普段音楽を聞いている感覚とはまた別の感覚が体に流れてくるのを感じたことがあるのではないでしょうか。
生きているのに理由がいるのか
腕の中へおいで 隠した痛みの その傷口に 触れてみるよ 時間の無い部屋で 理由も忘れて 確かなものを 探しただけ 見つけただけ
信用とか理由と考えなくても良い、感情では表せない確かにここにいて良い理由を見つけられるのはこの温もりを感じている時だけ。
ただ触れて、確かめて、信用や理由なんかを超えたものを知ってしまっただけなのです。
ただそれを探しただけなのです、ここに見つけたのです。
できれば同じ気持ちで
腕の中へおいで 醜い本音を 紡いだ場所に キスをするよ 命の無い世界で 僕と同じ様に 生きているものを 探しただけ 腕の中へおいで 怖がらないでおいで 生きてるものを 見つけただけ 確かなものは 温もりだけ
この曲に関して藤原さんは「残酷な唄」とも語っています。
この曲は通して、「腕の中においで」や「撫でてやるよ」など温もりを与えるように見えて僕は君に向かっていってはいません。常に待っています。
僕は温もりが確かに生きている理由を感じれるものと解っているのに行かない。
おそらく藤原さんはこの感覚が普通の感覚ではないと思っているからでしょう。
ただ自分がひたすらに探して、見つけただけなのです。
押し付けたりはしない、触れるということは確かなものだけど、壊してしまうものでもあるから。
触れて、温もりを感じられることで確かにあなたがそこに居るんだと分かるということをただ見つけただけなのです。
最後に:そんな思いを知って欲しい
最後にembraceを繰り返すところがありますが、その間に耳を凝らすと「君が好き」と言っているように聞こえます。
一緒に探し続けた君へのメッセージでしょうか、最後はしっかりと受け止めてくれています。
この解釈もいくつもある中の一つだと思いますが、同じような考えをしてくれる方がいたら、一気に親近感が湧くね。
嬉しくなって不用意に触るなよ、捕まるから。
そんな歌詞じゃないだろ、、
何とも愛おしくて、近くにいてくれる人をさらに近くに感じさせてくれる楽曲ですね。
人それぞれの解釈があると思いますが、僕の感じたことはこの辺りにして今回の記事は以上にしたいと思います。
ではまた次回。
イノ
魂込めて歌いました!:良ければお聞きください。